広告界のゴーストライター的なポジションってどうなの?

最近話題になっている、
佐村河内守さんにゴーストライターがいたことについて。
今さらですが、思うことがありますので書きます。

日本のベートーベンともいわれていた佐村河内守さんにゴーストライターがいたことが話題になりまして、
それに反論するような記事が、各所で書かれています。
それらの反論記事を読んでいると、広告界よりまともじゃないの?と思えました。

広い意味で「何かを創る人」という意味でクリエイターと定義した場合には、
私も作曲家や著者なんかと同じくくりになります。
ですので、自分のことに置き換えながら目を通しました。

有名な人の名前で出した方が売れるとか多くの人に接触できるという内容が目立ちます。
それはゴーストライター的なクリエイターにとっても良いことに思えます。
というのも、クリエイターは創ったものを多くの人に見て欲しい!聞いて欲しいと思う人が多いからです。
そのため、広告界のデザイン職では、マスメディアに投稿する広告の仕事は人気があります。
数千万の人が、私が創ったものを見てくれるというのは、クリエイターにとって大きな喜びなのです。
ですので、そこに自分の名前で出されたかどうかなど、さほど大きな問題ではないと思えます。
ゴーストの立場の人で不満をもっている人は少ないのでは無いかと。

それにビジネスですので、有名な方の名前で出した方が売れるというのも理解できます。
(聴覚障害をセールスポイントにしていたという点には、やや同意できない点もありますが。)

広告界も上記の音楽界と同様でして、
有名広告代理店のアートディレクターの元で、下請け会社にいる無数のデザイナーがその手足となり、
制作を行う現場があります。
それでも、メディアに掲載されるデザイナー欄には、下請け会社の人の名前はありません。
これも、不満をもっている人は少ないでしょう。

ただ広告の場合は一部のカリスマを除き、その人の名前を書いたところで、売れるわけではありません。
商品のデザイナーの名前ならともかく、商品の広告のデザイナーの名前で商品が売れるのか、と。
利益に影響しないとなると、佐村河内守さんのゴーストライターの件とは、大きく違っています。

ではなんのためのゴーストなのか。
考えられるとすれば、広告主の利益ではなく、自分や自社の宣伝のためでしょう。

しかし、これは今でも正しいのでしょうか?
インターネットが普及する前は、メディアと言えば大きな会社しかありませんでした。
ある業界の情報を知るには、その業界誌をみるというのが一般的でしたので、
業界誌に名前が出るのは、自分の知名度や信頼度の獲得に大きく影響したでしょう。
私の師匠に話を聞いても、それがきっかけで、仕事がきた時代もあったと言います。
となれば、どうせ広告主の利益に影響しないなら、自社の宣伝をするという判断は正しく思えます。

でも今はインターネットがあります。
自分の名前がどこかに掲載された、となれば、
twitterやfacebook、ブログや自社メディアなどで、発信されるのではないでしょうか。
若い方ほど実績はすくなく、ネットに強いものですので、発信される量は多いでしょう。
となると、いっそゴーストライター的なポジションの全員の名前を書く、
もしくは一定のメディア力を持つ個人の名前を書く方が良いと思えてきます。
そうすることで、露出の増加につながり、広告効果があがると、代理店ではなく広告主の利益につながります。

自社ではない=信頼しきれない人の名前を書いたがために、広告主の好感度を落としたら大変なことになる!という声が聞こえてきそうですが、
この時代に、果たしてどちらが好感度を落とすのでしょうか。

そう考えると、
広告界のゴーストライター的なポジションってどうなの?
と思えました。